事務所のまわりを歩いて
私が生まれ育った名古屋を出て、社会人として京都で暮らすようになったのが去年の春、そして現在の職場である大阪事務所で働き始めてから2か月が過ぎようとしています。
去年の今頃は右も左もわからなかった京都の町ですが、今では少しずつ通りの名前も覚えつつあって、なんとなく土地勘をつかむことができるようになってきました。
一方で、大阪はこれまであまり訪れる機会がなく、こちらで働き始めて日が浅いということもあり、まだまだ土地勘がつかめていない状態です。
「せっかく縁あって大阪で働いているのに、ただ家と事務所を往復しているだけというのはもったいないよなぁ」と思いつつも、平日は思うように時間が取れず、休みの日もなかなか大阪まで足が向かない日々が続いているので当然といえば当然のことかもしれません。
そこで、今回設計者のモノローグの担当が回ってきたこともあり、絶好の散歩日和だったため、少しだけ大阪の街を歩いてみることにしました。
向かったのは京阪電車の中之島駅から大阪事務所がある北浜駅までの区間です。
定例会議の帰り道に、このあたりにある建物を見かけて以来、ちょっと面白そうだなと思って、なんとなくこの区間を選んだのですが、結果的に行ってみてすごく良かったなと思いました。
その理由として、大阪市中央公会堂や日本銀行の大阪支店のように「自分が働いている事務所のそばにこんな建物があったのか」と思うような建物をいくつもみることができたことがあります。
大阪市中央公会堂
大阪府立中之島図書館
大阪市中央公会堂は、100年ほど前に竣工した建物にもかかわらず現在でも公演会場として使用されていて、(私が行った日も何かの発表が行われていましたが)、他にもダイビル本館や大阪府立中之島図書館など歴史的な建物の一部を残したり活用したりしながら使用しているような建物がいくつかありましたが、これは本当にすごいことだなと思います。
同じように設計を生業としている人間として、これだけ長い間、多くの人から大切に使ってもらえるような建物を設計したいなと純粋に刺激を受けました。
あとは、最新の商業ビルやオフィスビルなどがいくつもあり、最近図面を描いたり雑誌をみたりしながら、「これってどうなっているのかな。」と考えていたような部分をみることができて良い勉強になったというのも良かった点です。
国立国際美術館などの意匠を凝らした現代建築もいくつもみることができる場所ですし、少し歩いただけですが、本当に素晴らしい場所だなと感じました。
あとでいろいろと調べたところ、大阪にはまだまだ新旧の名建築がたくさんあるみたいなので、休みの日に少しずつでも自分の目で見ていろいろなことを感じていくことができればいいなと思います。
大阪事務所 kato
update:
2015.5.29
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お気に入りの街
私はいま、愛知県常滑市(とこなめし)に住んでいます。常滑は知多半島にある街で、西は伊勢湾に面しています。県外の人には、『中部国際空港があるところ』と説明しますが、日本六古窯のひとつである常滑焼でご存知の方もいるのではないでしょうか。名古屋事務所までは1時間ほどの通勤時間で、仕事と家庭との距離感がちょうど良いと私は気に入っています。私自身は大阪出身で妻も県外の人間で何の縁もなかったこの街ですが、ふと遊びに訪れた際にとても気に入り、その半年後には住み着いてしまいました。
この街を気に入った理由はたくさんあるのですが、その中に『やきもの散歩道』があります。これは常滑焼の登窯、煉瓦煙突、黒い板壁の工場など、昭和中期以前に建てられた窯業関連施設が数多く残る栄町をめぐる観光コースです。また、この散歩道近隣では毎年、『常滑クラフトフェア』というイベントが行われています。今年もこの5月の連休中に開催され、私も参加してきました。今年は会場を『INAXライブミュージアム会場』と『とこなめ陶の森会場』の2会場に分けて行われました。両会場あわせて80組ほどのクラフトマンによる出店があり、多くの人で賑わい、私自身エネルギーをたくさん貰えた一日でした。ちなみに常滑は衛生陶器や住宅設備機器などで知られるINAXさん(現LIXIL)創業の地でもあり、その企業博物館として『INAXライブミュージアム』があります。
今年の私のお目当ては、焼き物でも革製品でもなく、陶の森会場の『陶の森CAFE』。イベントのパンフレットに載っていたドライカリー (レモンバターライス or レモンバケット付)があまりにも美味しそうで、一日90食限定の言葉に吊られて、開場と同時に一目散にゲットしに向かいました。一応、常滑のイベントということもあり、ただ食べるだけではありません。お気に入りの作家さんの器を選んで、その器を使って食べることができるのです。ただ、最初は器の好き嫌いより、(たくさん入るように)大きさを優先して選ぼうと思っていたのですが、やっぱり大きい器から売れていってしまい、結局は気に入った彩とカタチで器を選ぶことになりました。
この会場ではもうひとつ気になるものがありました。それはCAFEが設置された敷地にある『常滑陶芸研究所』です。設計は堀口捨己、1961年竣工。鉄筋コンクリート造2階建てで、非相称なファサードに深い庇が特徴的な建物です。仕上げのモザイクタイルは紫色の彩度を微妙に変えてグラデーションをつけているそうです。構造設計者の身としては、この大きな庇の出を見ると、随分と頑張っているなあと思ったりもしますが、どことなく和風建築の面影を感じる佇まいは、ただただ美しく、とても気持ちの良い場所でした。
常滑は一時期人口が減った時期があった様ですが、こういったイベントなどを通じて地域の活性化に向けた努力が行われており、私自身その雰囲気に惹かれて引っ越してきたように、近年は少しずつ若い人たちが増えつつあります。この様な活動の中で、かつてこの街を形作った建物たちが新しい役割を与えられ長く大切に使われている姿を見ると、建築設計に携わる人間として、改めてその役割について考えさせられるものがありました。またそれと同時に、その可能性とやりがいに心躍らされる一日でもありました。
名古屋事務所 設計室構造 田山
update:
2015.5.11
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春の琵琶湖疎水をたずねて
毎年春と秋、桜と紅葉を求めて琵琶湖疏水に来ています。今年のニュースと言えば、観光船の復活!「琵琶湖疏水クルーズ」と銘打って試験運航が始まりました。とその前に、琵琶湖疏水の説明を少しだけさせて下さい。
禁門の変で大半が焼け、明治維新そして東京奠都により京都市は人口が減少、産業も衰退していました。第3代京都府知事の北垣国道は、京都市に活力を取り戻すため、灌漑、上水道、水運を目的とした琵琶湖疏水という大プロジェクトを計画しました。主任技術者には田邊朔郎が任じられ、それまでの郡山市の安積疏水などの水路がオランダ人技師の指導により作られたのに対し、琵琶湖疏水は日本人のみで完成されました。もちろん近代化産業遺産にも認定されています。
第1疏水は明治18年に着工、明治23年に完成しています。当初は計画されていなかった水力発電も明治24年、日本初の営業用水力発電所となる蹴上発電所が完成しました。現在は水運としての利用は無くなりましたが、年間2億トンの琵琶湖の湖水を京都市に届けています。琵琶湖疏水クルーズのお話に戻りましょう。
クルーズは、大津市三保ヶ崎から山科、そして蹴上までの約8キロの航路。航路の半分はトンネルというクルーズです。大人気プロジェクトとなって応募者が殺到、20倍を越すプラチナチケットになりました。結果はお察しの通りです。
ということで今年もハイキングとなりました。三保ヶ崎取水口がスタート、三井寺の山桜を見上げながら、小関越、山科に入るとほぼ疏水に沿って遊歩道が続きます。天智天皇陵を過ぎ、第三トンネルの手前で三条通に出て蹴上に向かいます。インクラインの桜の下で一休み。
ここでひとつ問題を、下っていった船はどうするでしょうか?保津川下りのようにトラックに載せてスタートの亀岡という方法でしょうか?
答え、猛スピードで目の前を琵琶湖に向かって通り過ぎていきました。
情報管理室 Yoshio Nakai
update:
2015.5.8
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